2013年05月17日

八重の桜 八重の幼馴染で親友の高木時尾

Realsaitou-2.jpg高木時尾は弘化三年、会津藩大目付・高木小十郎と藤田克子の長女として生まれる。八重の山本家とは表裏の近所でもう一人の幼馴染・日向ユキとは隣どうしという間柄であった。祖母は盲目ながら大変器用で裁縫を得意とし八重やユキと三人で祖母から裁縫を習ったという。時尾の母・克子は藩内でも評判の美人であったがその血をうけて時尾は才色兼備を謳われ藩主・松平容保の義姉・照姫の祐筆(書記)に抜擢された。父・小十郎は京都で起こった蛤御門の変で戦死した為、弟の盛之輔(維新後は五郎)が家督を継いだが会津戦争では盛之輔はまだ15歳と若く藩主の側近として戸ノ口原の戦いに付き従い斥候伝令などをしたらしい、姉・時尾は籠城戦では負傷兵の看護を担ったといわれている。また、親友の八重が亡き弟・三郎の形見服を着てスペンサー銃で戦った際に前髪が邪魔で銃の照準が見えないと脇差で切ろうとしたがうまく切れなかった、時尾はその様子を見て八重の前髪を切りそろえてやったという逸話が残っている。降伏後は会津兵の遺体は罪人として半年も埋葬が認められず放置されていたがようやく埋葬が許可されたので時尾たちは遺体を会津七日町の阿弥陀寺に埋葬するのを手伝った。その献身的な行動に藩主・松平容保から阿弥陀時の墓地の一画を貰い受けたという。会津藩は新政府より斗南(青森県下北半島恐山周辺)に集団移住を強制され時尾たち家族も移住していたがそこで新選組隊長として会津戦争を戦っていた斉藤一(当時は山口二郎と名乗っていたらしい)と知り合う。(京都新撰組では副長助勤・三番隊長であったが戊辰戦争で局長・近藤勇が斬首され、副長・土方歳三が戦いの場を求めて北へ転戦した為に会津に残った新選組残党をまとめた)斉藤一(山口二郎)は五戸で篠田やそ(会津藩の名家・篠田内蔵の長女、白虎隊士中二番隊・篠田儀三郎とは遠縁にあたる。)と明治四年に結婚していたが離縁して東京に出ていた斉藤はそこで高木時尾と再開、元会津藩主・松平容保の上仲人、元会津藩家老・山川大蔵(維新後は浩)、佐川官兵衛、倉沢平治右衛門らが下仲人で時尾と再婚したという。(この経緯は今だなぞが多く解っていない)斎藤一(山口二郎)は高木時尾の母方の姓・藤田姓を名乗り、藤田五郎として生きていくことになる。しかし、何故か美人で賢く優しさを兼ね備えた会津なでしこが新選組で最も人を斬ったといわれた斎藤一と結婚したのかわからない。明治七年、藤田五郎(斎藤一)は警視庁で警官として勤め、時尾と共に東京で暮らし、西南戦争では警部補に昇進し別働第三旅団豊後口警視徴募隊三番小隊半隊長として参戦(元会津藩士達は会津戦争で敵側の主力だった薩摩藩士を積年の恨みを持って戦ったという)藤田五郎もその一人で敵・薩軍の大砲二門を奪取するなど目覚しい活躍を見せ東京日日新聞(現・毎日新聞)に報道された。その功績により政府より勲七等青色桐葉章を授与され賞金100円を賜りその後、麻布警察署警部として明治二十四年に退職(警視庁の大リストラにより47歳の斎藤は退職)。藤田五郎は時尾との間に三人の男の子をもうけ仲睦ましい生活を送ったという。晩年は藤田五郎(斎藤一)は東京師範学校附属(現・東京教育大学)の東京教育博物館の守衛長をし妻・時尾は女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の寄宿舎の舎監として働きながら自宅に下宿させ生徒達の面倒を見ていたという。(時尾の長男・勉さんの嫁・西野みどりさんは時尾が見初めて縁談を勧めたといわれている)夫・藤田五郎(斎藤一)はその後、教育博物館を希望退職し妻と同じ女子高等師範学校に庶務兼会計掛として働いた。時尾は明治四十年、会津戦争の犠牲者の慰霊の為に桜の木を会津婦人達10人と寄贈し翌年には阿弥陀寺に墓地購入のために寄付を募り自らも二円五十戦を寄付したという。大正四年に夫・藤田五郎(斎藤一)が胃潰瘍の為に自宅で生涯を終えたが時尾はその十年に七十五歳亡くなった。二人は阿弥陀寺に眠っている.
写真は時尾の夫・元新選組 斎藤一(藤田五郎)(
posted by こん at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 会津藩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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