2010年12月08日

白虎隊士中二番隊嚮導(副隊長)・篠田義三郎

20070217231950gisaburou.jpg篠田儀三郎は嘉永五年、会津藩供番家禄二百石の篠田兵庫の次男として郭内米代二之丁に生まれる。(母・しん子は織部玄孝の娘で後の家老・田中土佐の養女として篠田家に嫁いできた。)儀三郎は正直者で約束をたがえたことは一度もないといわれる。彼が六、七歳の頃、友達と日を決めて蛍狩に行こうと約束をした。しかし、その日は大風雨で誰の目にも蛍狩など出来る常態ではなかった。だが儀三郎は蛍籠を提げてやって来た。友達は「こんな天気に蛍など飛んでる筈がなかろう。なぜ態々来たのだ」と尋ねると儀三郎は「そんなことは解っておるが君と一旦約束を交わしたからそれを守っただけだ」といって約を解いて帰っていった。また、ある時友人宅で会合を開く約束をするが当日に雹が降り道は凍りついて寒さ烈しく誰も来ないであろうと友人は思っていた。ところが儀三郎が足袋を手に持ち裸足に草履履きで現れたので友人は驚き謝ったという。儀三郎の正直は皆知らぬ物はいないといわれた。十一歳で藩校・日新館に入学し尚書塾一番組に編入されしばしば賞賜を受けたという。慶応四年、戊辰戦争が勃発するや会津藩は軍制を整え年齢別に玄武(五十歳以上)・青龍(三十六歳から四十九歳)・朱雀(十八歳から三十五歳)・白虎(十七歳から十六歳)幼少組(十四、五歳)と分類され白虎隊でも身分によって士中、寄合、足軽と別れていた。儀三郎は士中二番隊四十二名に編入され責任感が強く成績優秀だった為に嚮導(指図役副隊長)に任命された。白虎隊は本来予備兵力として結成され毎日訓練明け暮れていたが自分たちも会津の為に戦いたいと友人の安達藤三郎と共に出陣嘆願書を軍事奉行へ提出した。嘆願が聞き入れられ藩主・容保の護衛というかたちで滝沢村本陣に出陣することになった。しかし新政府軍の進軍路になる十六橋を破壊して防ぐ作戦も薩軍が既に通過した後だったため失敗に終わった。藩主・容保と別れた白虎隊は三十七名で隊長・日向内記、儀三郎ら十六名と小隊長・山内弘人率いる二十名と原田勝吉が臨時で率いた七名が戸之口原で敵を迎え撃つ作戦を取った。しかし後方支援ということだったので重たい装備を置いて軽装での塹壕堀で空腹状態だったので隊長の日向内記が単身で食料調達に向かったが夜から烈しく降り続いた雨で帰還出来なくなり行方が解らなくなった。篠田儀三郎は隊長代理として指揮を取るが血気盛んな若者である儀三郎は皆の意見に推されて前線に出て戦う決意をする。儀三郎たちは善戦したが武器の違い(白虎隊では時代遅れの先込めゲーベル銃しか持っておらず新政府軍のミニエー銃とは比べ物にならないくらい性能が劣っていた)や兵隊の数、戦場での経験不足で退却を余儀なくされた。儀三郎ら十六名は山内隊や原田隊とはぐれ鶴ヶ城に戻って戦おうと話し合った。城に帰る途中滝沢の白糸神社付近で敵と遭遇して銃撃戦となり永瀬雄次が負傷する。彼を背負って弁天洞の洞門を抜けて弁天祠から飯盛山の高台へ出るとお城が燃えていた。(実際は城の周りの武家屋敷が燃えその煙で城が燃えているように見えた)儀三郎たち十六名はこのまま城を目指すかここで自刃するかを話し合った結果、極度の疲労や空腹と銃撃戦で負傷した者もいたので敵に捕らわれて恥辱を受けるよりここで全員自刃しようと決まった。後に蘇生した飯沼貞吉は出陣の際に母より贈られた和歌「梓弓むかふ矢先はしげくともひきなかえしそもののふの道」を読み上げ、篠田儀三郎は天文祥の詩を高らかに吟じ傍らにいた石田和助も途中から加わったという。石田和助は吟じ終わると「傷が痛んで苦しいのでお先に御免」といって刀を腹に突き立てそれを見た儀三郎は喉を一気に貫き絶命した。遅れて飯盛山に辿り着いた石山虎之助は仲間の死体を見て後を追ったという。また伊藤俊彦と津田捨蔵と池上新太郎は不動滝にて戦死体として発見された。白虎隊士中二番隊三十七名の内で自刃したのは十九名といわれ皆十六、七歳のまだ若い子供達であった。
posted by こん at 10:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 会津藩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして、興味深く拝見させていただきました。
戦死した伊藤俊彦氏ですが他史料では伊東悌次郎氏になっている物もありますがどちらが正確ですか?(^^;
Posted by ジョー at 2014年07月04日 10:08
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