2010年12月06日

坂の上の雲 俳人・正岡子規

s0150l.jpg正岡子規は本名・常規(つねのり)といい幼名を処之助後に升(のぼる)と改名し通称「のぼさん」と呼ばれた。慶応三年、伊予国温泉郡藤原新町(現・松山市花園町)に松山藩御馬廻加番・正岡隼太常尚の長男として生まれた。母は松山藩の儒学者・大原観山の長女で八重といい子規がまだ六歳のころに夫の隼太が亡くなった為、女手1つで子規と律を育て上げた。正岡家の後見となった大原観山の私塾で漢書の素読を習い、翌年に広末小学校に入学し後に勝山小学校に転校し愛媛県第一中学(現・松山東高校で江戸時代末期の明教館の後進)に入学し秋山真之と一緒に学んだという。子規は好奇心旺盛の若者となり一時期は自由民権運動にも傾倒し政談に熱中したり、また松山一と云われた歌人の「井出真棹」に弟子入りした秋山真之に誘われて子規も入門して和歌を始めたといわれている。明治十六年、子規は愛媛県第一中学を中退して上京し東大予備門受験の為先ず共立学校に入学して受験英語を学んだ。(秋山真之もまた子規の後を追って愛媛第一中学を辞めて上京)子規と真之は無事に東京大学予備門に入学を果たし本郷に出来た常盤会寄宿舎に住んだ。(常盤会は旧松山藩主・久松家が旧藩子弟の学資援助組織として創設され子規は給費生に選ばれ月に七円の他と教科書代などが支給された。)寄宿生として子規と真之、「清水則遠」の三人は特に気が合う親友としていつもつるんで過ごしたという。しかし、栄養不足からくる病に倒れた清水は家が貧しく親元から届くはずの仕送りが届かず薬が買えずに病状が悪化して明治十九年に脚気衝心で命を落とす。親友に死に一時錯乱状態になった子規だが秋山真之に支えられ励まされてみんなでお金を出し合って清水の葬儀を執り行ったという。この親友の死の2ヵ月後、秋山真之は一大決心をして子規宛てに「送りにし 君がこころを 身につけて  波しずかなる 守りとやせん」と書いた和歌をおくり東京大学予備門を中退して学費のいらない海軍兵学校に入る決意を示した。(この時の真之は清水と同じく経済問題で悩み陸軍大尉だった兄・好古に学費など頼っていた。)子規はこの真之の和歌に対しての返歌「海神も 恐るる君が 船路には  灘の波風 しづかなるらん」とおくり以後別々の道を歩んでゆく親友・真之を励ました。子規は相変わらず予備門同窓の夏目漱石らと青春を謳歌したが明治二十二年、子規は寄宿舎で突然喀血して倒れ医者から結核と診断される。帝国大学哲学科に入学を果たした子規は翌年には国文科に転科し幼い頃から興味のあった和歌や俳句の研究仁没頭するようになる。(このときから血を吐いても啼くホトトギスを自分になぞって正岡子規と名乗るようになった)明治二十三年、子規は帝国大学を中退し叔父の加藤拓川の紹介で日本新聞社に入社、家族を東京に呼び寄せて文藝記者として新しい時代の和歌や俳句の革新運動を始める。明治二十八年、日清戦争が勃発し子規は志願して従軍記者となって遼東半島に渡っが上陸二日目に下関条約が結ばれ帰路につくことになった。しかし、帰りの船中で再び大喀血して重態に陥って神戸病院に入院、須磨保養院で療養した後に松山に帰郷し当時松山中学校に教師として赴任していた親友・夏目漱石の下宿先で療養する。療養を終えた子規は再上京の道すがら奈良の茶店で大好物の柿を食べている時に呼んだ句とも漱石が贈った「鐘つけば 銀杏ちるなり建長寺」という句の返句だという説がある。この旅の途中、子規は激しい腰の痛みで歩行困難となる。当初子規はリューマチと思っていたが翌年に医師から結核菌が体中に広がり脊髄を冒す「脊髄カリエス」と診断される。秋山真之が渡米してまもなく子規は歩行さえ出来なくなるが「歌詠みに与振る書」を発表し俳句革新に情熱を傾けた。そんな子規を真之は心配してアメリカで購入した軽い毛の布団を贈ったが子規はそれを大変気に入り喜んだという。真之が帰国した明治三十三年には子規の病状は更に悪化し臀部や背中に穴が開き膿があふれでて激痛が襲った。それでも子規は寝返りも打てない苦痛を麻痺剤を使いながら「墨汁一滴」や「病床六尺」など発表し病床で高浜虚子や河東碧梧桐、伊藤左千夫らの指導も行った。しかし明治三十五年、ついに力尽き根岸の子規庵で永眠する。享年三十六歳・・・秋山真之は葬儀の日、袴を履いて道端で一礼して足早に立ち去ったという。子規の死から十六年後、真之は盲腸炎が悪化して小田原で死を迎えたときに「これは辞世の句というほどのものでもないのだが・・」と前置きして「不生不滅 明けて鴉の 三羽かな」と口ずさんだという。この三羽の鴉は正岡子規と自分、真之と清水則遠をカラスにたとえた句といわれている。
posted by こん at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 坂の上の雲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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